魔法の言葉!

「塾講師になりたい」と思ったのは、私が中学生のときだ。

 

私の中学生時代は、今でいう「ヤングケアラー」に近かったかもしれない。

母が入院していたため、父が仕事にいっている間は私が家事を担当。

と言っても父に頼まれたことをするという感じ。

ただ周りの友達に比べると明らかにやっていることは違っていた。

ときには昼間に銀行に行かなければいけないことがあり学校へ遅れていくことも…。

 

当時、中学校は給食ではなくお弁当。

父は朝6時に仕事に出かけるので、私は自分で弁当を作っていた。

思春期だったからか、その弁当を見られるのが嫌で隠しながら食べていた記憶がある。

 

母が退院してからも、病気が完治しているわけではないので、しばらくは家事をする生活が続いていた。しかも今度は母の面倒も。

一番大変だったのは、たびたび失踪する母を捜すこと(汗)

 

母が入退院を繰り返すことで生活費も苦しく、余裕のない生活。

当然、私は受験期でも塾には行けず、家で勉強をしていた。

ただ家での勉強も自分の部屋があるわけではないので、みんなが寝静まってから台所での勉強。寂しかった。

 

そんな生活の中、一度だけ友達に「つらい」と愚痴ったことがある。

すると、その友達は自分の通っている塾の先生に相談してくれるというのだ。

そして、なんと勉強する場所を提供してもらえることに。

今までの薄暗い中での勉強が、活気のある塾の自習室でできるようになったのだ。

 

毎日通った。

学校から帰ったら、すぐ塾に向かった。

その頃には母の病状も少し落ち着いてきていたので、時間に少し余裕が出てきていた。

塾に出入りするようになってから、何人かの先生が声をかけてくれるようになる。

さすがに授業を受けていたわけではないので、私は塾の先生たち全員を知らない。

当然、先生たちも私のことを知らないと思っていた。

時が過ぎ、いよいよ本番まで日数が少なくなってきていた。

 

そして…

試験日前日、いつものように塾の自習室で勉強をしていた。

前日のためか、みんな早めの帰宅。

次々に帰る生徒に、先生たちが声をかける。

私も今日は早めに帰ろうと、入り口であいさつをし、階段を下りた。

すると、階段の上のほうから声がした。

 

「かまたー、明日頑張れな!」

 

今までほとんど話をしたことのない先生。

でも私の名前をしっかり呼んでくれ、エールを送ってくれた。

 

「お前、自習室に来て、よくやってたよな!」

 

よそ者同然の私を気にかけてくれていて、しかも名前を覚えて声をかけてくれた。

毎日通って勉強していた努力を認めてくれたのだ。

ほかの人から見たら、なんてことはない普通の光景だろう。

ただ私にとって、その声掛けは魔法のようだった。

 

家計に余裕がない状況だから私立に通うことはできない。

そのため、滑り止めの私立を受けず、公立ひとつだけ。

不合格の場合は、就職。

だから確実に受かる高校を選んだ。

それでもプレッシャーがなかったわけではない。

そこへの魔法の言葉。

私に力を与えてくれたことは言うまでもない。

 

塾講師になって約30年、子どもの名前を呼んで声掛けすることを常に心がけている。

私が中学生時代にしてもらえた恩を今の子供たちへつなぎたいから。

 

そして、

私の声掛けが子どもたちにとって、魔法の言葉になれるように。

 

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